情報がたくさん溢れているし、みんなが言っていることが正しいと思ってしまう、そんな普通のOLの日記
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昔はよくゲームをやっていたが、最近では全くゲームをしていなかった。
理由としては、ゲームをやる気がなくなってしまったのだ。
なぜなら、最近のゲームは難しすぎる。
まず一番抵抗があるのが、映像がリアルすぎて、目が疲れてしまう。
あれでは、ゲームをしているのか、映画を見ているのかわからない。
そして、次にクリアまでの時間が異様にかかってしまう。
うん十時間以上やらないとクリアできない。
しかも、クリアしてもまだ先があったり、隠し技があったりしているのだから、時間がいくらあっても足りない。
そして、最後に、画面が立体的であること。立体的なグラフィックを用いられると、どうも頭がついていかない。ゲームの進行上、どっちに進んで良いのかすらもわからない。
昔のゲームっていうか、ファミコンやスーパーファミコンと呼ばれるゲーム機の時代は、ほとんどが2次元で、非常に単純なものだった。
クリアしても何度でも楽しめる面白さがあった。その単純さにのめり込んでいた。
ゲームをやる資格を得るために必死に学校の宿題をしていたものだ。
しかし、今は圧倒的なゲームのクオリティーについていけていない。
時代の変化についていけないことは情けないことだが、もう一度ファミコンやスーパーファミコンのようなシンプルで面白いゲームを流行させてもらいたいものだ。
あと最近思ったんだけど、人からの評価って、初めはだいぶ外部的な評価によるものだと感じることが多い。
例えば、自分が全国大会に出場したのことのあるサッカー選手だと言うと、すぐに「サッカーうまいんですねぇ~
今度一緒にフットサルやりましょうよ!うちのチームのサポートをしてください」と言われるであろう。
しかし、この事実を言わずにフットサルをやっているということだけ話すと、「そうなんですねぇ~フットサル私もやっていますよ~楽しいですよねぇ~」というなんとも無機質な会話だけで終わることが往々にしてある。
私の実体験としては、つい先日まで普通に接していたお客さんは、私が中小企業診断士の資格を取ると(通信講座で取得したのだが)、急になんか偉い人と話しているのかのような態度になってくる。なんとも微妙な感じがする。
そもそも、ちょっと胡散臭い人だったので、まぁしょうがないと言えばしょうがないのだが、あまり良い気分がする態度ではない。
多くの人が外部的な評価を軸に判断し、自分にメリットがあるかだけで人とコミュニケーションを取るようにしていることがまじまじとわかった経験であった。
ちなみに知り合いが矢倉利樹っていう人が教えているビジネスプランナーの勉強会かなんかで、付き合う人を選べと言われたそうだ。
結局、人は自分にとってメリットがあるかないかで、人を見るんだろうな。
こうした経験から、少なくとも自分はどんな人であれ、はじめから相手を外部的な評価だけで判断せずに人と付き合っていきたいと思う今日この頃である。